一夏の出会い

 今年のお盆、20数年ぶりに会う親戚夫婦がやって来たので、お店を予約してお昼の食事に出かけた。そこで私は思いがけずステキな出会いをした。

 お店では、たくさんの料理が運ばれてきた。最後に、女将と二人の男女の小学生がご飯を持ってやってきたのである。「夏休みでお手伝いをさせてもらっています」と女将が話す。それから、女将による料理の説明があったが、その間、二人もそばに整列していた。そして「それではゆっくりお召し上がりください」という女将の声と同時に、二人もペコリと頭を下げた。「お手伝いができてえらいね」と、私はニコニコ顔になった。

 食事を食べながら、時折厨房の方に目をやると、のれんの下に女の子の小さな足が見えた。中で今何をしているのだろう。洗い物でも手伝っているのかなと見守った。

 お会計のためにレジに行くと女の子の方が厨房の外に立っていた。話かけてみたところ、小学校3年生だった。交代でお手伝いをしており、忙しい時には二人そろってお店に出るのだという。なんと感心なこどもたちだろう。

 私たちがお店から出ようとすると、女将がチラシをパッと手に取り、二人のこどもを呼んだ。女の子がチラシを受け取り、3人揃って一緒に外までお見送りをしてくれた。チラシの説明後、「どうもありがとうございましたぁ」と運動会の応援のような大きな声であいさつをしてくれた。私はお辞儀をして応えた。

 こどもにはお手伝いをさせたい。でも、いろいろ興味を持ってやりたがる幼児の頃だと手伝ってもらうと余計に時間がかかり、自分でやってしまったほうが早い。ちょっと大きくなった頃だと「手伝って」と言えば露骨にいやな顔をされる。私は、こどもたちになかなか上手に手伝いさせることができなかった。

 お手伝いをしてもらうためには、親にも心の余裕が必要だ。子をその気にさせる魔法の言葉なるものも必要だろう。あの子たちは、私以外にもたくさんの人からお褒めの言葉をもらい、嬉しい気持ちになっているのではないだろうか。頑張って働いて、大きな声であいさつすれば、こんなにも気持ちがいいのだと思ってくれているに違いない。などと想像した。きっとそんな子たちには、来年、もうその気にさせる魔法の言葉は必要ないのかもしれない。

 

 

令和8年8月20日 倉吉市教育委員  伊木 香代